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陰影さん、きゃたぴーさん、お返事どうもおおきに。
きーやんの言いたいこと、ちゃんと伝わったみたいでほっとしましたで。
それに、お二人とも、ちゃんと独自の投資哲学をお持ちのようですな。
それさえあれば、相場を語るんに何の不足もおまへんな。
これからも、お二人の活躍に期待してまっせ。
さて、陰影さんは、ちょっと混乱してはるみたいでんな。
まあ、言葉のあやに引っかかっただけなんやと思いまっけど。
「・・・そういった環境認識の作業も、意味がないということになる・・・。」
とのご質問の中で、“意味がないのか”という表現をお使いになってますな。
たぶん、陰影さんはこの言葉の意味を誤って認識されたんやと思います。
「予想には意味がない」=「予想するのは無駄」=「予想すべきではない」
ゆえに「ファンダメンタル分析やテクニカル分析などはすべきではない」。
こんな感じで、認識されたんとちゃいますやろか?そのため,
「確度の高い予想は可能だ」=「予想するのは無駄ではない」=「やはり予想は必要だ」
ゆえに「ファンダメンタル分析やテクニカル分析は必要だ」
という、考え方がでてきたんやときーやんは推測します。
そこで、陰影さんには、きーやんが「効率的な市場では、手間隙かけて予想するような行為はまったく意味がない」と言うた場合、その意味するところは、
効率的な市場では、ファンダメンタル分析による予想も、テクニカル分析による予想も、その他いかなる手法による予想も、当たる確率は、コインを投げて予想した場合と変わらない。
コインを投げれば済むようなことを、手間隙かけてやるのは、非合理的な行動である。
非合理的な行動というものは、誤った認識によって生じるのであり、誤った認識の下になされる投資の意思決定は、しばしばリスクを過小評価したものとなる。(1回のトレードに全資金を注ぎ込む・ストップロスを設定しない・ナンピンする・・・など)
その結果、非合理的な行動を取るトレーダーは、効率的なマーケットによって容赦なく場外に吹っ飛ばされることになる。
というふうに理解してもらいたいでんな。
そして、当然のことながら、効率的市場のような不確実性の下でなされる意思決定は、すべてが推論(予想)によってなされるわやけやから、「予想する」という過程を避けて通ることは不可能でっせ。
重要なことは、予想の当たり外れやなくて、「合理的な認識」をもって予想するということですな。
ここで言う「合理的な認識」とは、「効率的な市場において、予想が当たる確率は毎回50%であり、その結果の出方はランダムである」ということですな。
これを言い換えたら、
「当たりが続くときもあるし、はずれが続くときもあるが、試行回数が増えていくにしたがって、当たった回数とはずれた回数の差はゼロに近づいていく」っちゅうことです。
このような認識が堅持できるんであれば、ファンダメンタル分析でも、テクニカル分析でもOKいうんが、きーやんの見解ですな。
まあ、現実的に考えたら、「コイン投げて、命の二番目賭けろ」いうのはちょっと無茶な話ですな。
いずれにせよ、「迷ってる自分の背中を押してもらう相手は、知らん人より知ってる人のほうがええ」いう程度のスタンスでご使用になられたらよろしいかと思いますな。
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